2016年の4月より電力(の小売り)が自由化されることはすでに多くの報道やCM等で周知され、消費者の味方とばかりにテレビの情報番組では「この自由化でいかに電気料金が安くなるのか?!」ということだけにひたすら言及する特集が流され続けています。
ちなみに我が家では、一部の指標で見てみても年間に数千円程度しか安くならないばかりか、賃貸の集合住宅のためほとんど選択の余地がなく、だからなおさら自分にはあまり関係がない、という状況なのですが、しかし現在あれこれと憶測や仮定の話も含めた情報を雑感レベルでまとめてみると、ひとつの可能性が透けて見えてくるのは確かです(それにしても…年間で数千円しか安くならないとは。日雇いのバイト一日で簡単に稼げる金額のために、本当に消費者は電力会社の選択にそこまで時間を割くのでしょうか?)。
それは、いかに電力が自由化されるといっても、送電線はひとつ(1本)しかないため、新規参入する電力供給会社は自社のブランディングを強化するしかない(ハズ)、ということです。
そもそも電気には名前もタグもつけられなければ味もニオイも色もないため、送電線を通る電気のどれがA社のものでどれがB社のものかは、消費者どころか事業者でさえ識別できません。では消費者は何で選ぶのかというと、A社の電力の方がB社のよりクリーンエネルギーであるということだったり、C社が他社よりセット割引(電気の契約をすると電気自体またはそれ以外の○○が割引になります的な)でお得ということくらいでしか判断できなくなってきます。実際に、自由化に伴う電力供給会社の選択は価格で決めるという調査結果もあるようで、だからこそ情報番組にしても「どこまで安くなるか?」程度のことくらいしか言えなくなってくるわけです。
しかし、今回の自由化で電気事業に参入することのできる企業はかなりの数に上ります(経済産業省の平成27年12月時点の登録状況では特定規模電気事業者が約800社)。どれだけの会社が実際に電力事業を本当にスタートさせるかはまだわからないとしても、その数が多ければ多いほど、消費者の選択は困難を極めます。もちろん同時に、参入企業がこの電力自由化に伴う事業で大きな利益を得るのは相当に困難であろうという仮説も浮かび上がってきますが。
また、割引プランにしても、旅行会社と電力の契約をすると海外旅行に行く時の費用が多少(3千円とからしいのですが…海外なのに!)値引きされるとか、電話会社だと携帯電話料金がセット割りで多少安くなるとか、ガソリンが少し値引きされるとか…などという、かなり微妙というか腰砕けな割引率でしかなく、確かに気分的には「より安い方が良い」とか「東電はもうそろそろ(変えても)いいかな」という判断があるにしても、「もう何となくの雰囲気でいいや!」という心境になりそうな予感もあります。
それでも、売るものがモノとしての実体を伴わない「エネルギー」である以上、消費者の判断が料金にだけ向くと考えるのは消費者をナメすぎではないかと思えてなりません。なぜなら料金だけで決めるのだとすると、もっと安い会社が後発で出てくるかもしれないという迷いが生じてキリがなくなりますし、いまや電気は生命維持にも関わるといっても過言ではないほど重要なインフラになっています。だから消費者の判断としてはやはり、ただ安いだけではダメで、やはり信頼感や安心感とセットになるはずなのです。でもだからこそ現状のままではその判断はとても曖昧になり、何となくの雰囲気込みで選択するという方向に進むこともやむを得なくなってきます。
消費者をナメてるのではと感じるのは、まさにテレビCMで「何となくお得」というようなイメージCMを流すだけの施策をさしますが、消費者に選択してもらうためには、そういう目先の料金プランの宣伝よりもむしろ「モノはなくても消費者が選びたくなる会社」というイメージをつくるべきなのではないでしょうか。そのためには、参入企業は料金プラン設計のアイデアと並行して、「企業イメージの向上」のための施策にこそ取り組まなければ最終的な生き残りにはつながらない、と思えてなりません。
長らく医療用医薬品のPRに携わってきた経験から、よく日本にオフィスを置く製薬会社では「クスリは、患者は選べず医師が処方するものなので、薬や会社の知名度は医師にだけ上がっていけば良い」などと言う人がいて驚くのですが、かねてより個人的には「モノについて言及できないからこそ、製造販売する企業自体のイメージは大事で、だから企業広報は必須」と考えてきました。たかが電気と言う人もいるかもしれませんが、繰り返しになるものの今や電気は日本人に必要なインフラの最重要レベルに位置し、ひとたび停電が起こるだけで生活が立ち行かなくなる以上、その重要なエネルギー供給をよく知らない会社や、社名は知っているけれど電気事業は初めてという会社に委ねるのは、心理的にもハードルが高くなるはずなのです。
しかも参入企業のうち、例えば携帯電話の会社では、携帯電話を取り扱う事業体として電力を販売するのではなく、特定規模電気事業者として登録可能にするための子会社を別に立ち上げるか、またはすでに登録済みの特定規模電気事業者と業務提携するなどして販売しますので、賢い消費者がちょっと情報を検索すれば、たちまち聞いたこともない会社が電力供給するのだということは明らかになってしまいます(ここで具体名は個別に挙げませんが、テレビCMを流している「会社名+電気事業」でぜひ調べてみてください)。
そのような消費者に名も知られていない企業が選ばれるためには、料金をどこよりも安くというだけではやはり不十分で、母体の会社の知名度だけに胡座をかかずにかなり短期的に知名度を上げていくのはもちろん、そのためにどういう企業であるのか、なぜそのような電力事業に参入することにしたのかという理解を人々から得るための広報活動を実施しなければなりません。つまり「ブランディング」です。それも綺麗事を並べるだけでは今の時代にはなかなか通用しません。クリーンエネルギーに基づき電気供給することの重要性や、既存の電力会社が打ち出しきれていない電力節約術を提案していくなどの展開がないと、差別化も難しい可能性が高いです。
そもそもこうした新規事業に参入する企業の多くは、既存のビジネスでは何らかの頭打ちの状況があり、新事業に活路を見出そうとする会社が多いのではないかと思いますが、それでも企業理念の根底には、人々の暮らしを豊かにするサービスを提供したい、貢献したいという理念はあるはずです。最初は単なる話題作り、流行りに乗っただけの電力事業でも良いとは思いますが、各種事業・サービスを通じて、消費者のニーズに応える企業姿勢・理念を明確に打ち出していくこと=将来にもわたって消費者にこの会社は大丈夫、信頼出来る会社と思ってもらえる「ブランディング」の推進並びに確立こそが、2016年前半の電力自由化に伴う、重要なキーワードとして再燃しても不思議ではありません。